2022/12/01 - 0:00

Came To Be Journal

a pursuit to make sense of the world

社会進化論 Part 1: 人間の誕生 ― 農業の始まり

街を歩いていると「マジ人いっぱいいるなぁ」と思うことがある。東京の人口は1,400万人だって。1,400万。人々は細分化された仕事を担い、社会の一員として税金を払い、ルールを守って暮らしている。たまに選挙があって、市町村区の長、都道府県の知事、そして国会議員など政治家を選び、自分が理想とする地域・社会・国家の実現を委託する。生活のあらゆる側面について、毎日目がくらむ程の情報が飛び交い、色んな人がワーワー言っている(そして私はブログにワーワー書くわけだ)。

世界全体に目を向けてみると、農業(最初は簡易で小規模な園芸や牧畜)が始まった約1万年前の世界人口はおよそ500万人※1 であるのに対し、2019年は77億人である。この期間に、政治的に独立して存在する人間共同体(社会)の数は、約10万※2から196の国家へと凝縮された。より多くの人が同じ共同体で生活するようになった結果、社会の仕組み・ルールは複雑になった。そんな人間と社会の歴史を振り返ってみようと思う。ここでは、人間の誕生から農業の始まりまでを扱うことにし、Part 2で農業以降の社会をまとめていく。

人間の誕生 – 20万年前

今生きている人間は、生物学では「ホモ・サピエンス」と呼ばれ「賢いヒト」を意味している。約20万年にアフリカで誕生し、世界各地に散らばっていった。身体的な特徴は20万年前も今も大差ないらしく、タイムトラベルしてもバレずに生きていけるらしい。人間の最大の特徴はよく知能に見出される。脳の発達は、火によって調理された消火しやすい食料を食べるようになったことに由来するようだ。(人体活動においては他に消化活動が多くのエネルギーを必要とするため、そこのエネルギー消費を抑えることで脳へより多くのリソースを割くことが出来た)

二足歩行も人間の特徴である。手の自由や直立による優れた見通しは人間に大きな利益をもたらしたが、適応の結果ウエストが細くなり、女性は産道の狭まりによる高い出産のリスクを抱えることになったという。このリスクを抑え、母親の生存確率を上げるためには、赤ん坊が小さく未熟な状態で出産する方が都合よく、結果的に人間の子供は長期の保護を必要とすることになった。人間は「社会的な動物」と呼ばれることがある。短期的な生存には足手まといな子供を養っていくためには、協力が必要だったのかもしれない。

歴史年表
サピエンス全史(上) P9-10から筆者抜粋

「虚構の言語」誕生 – 7万年前

目の前に存在しないもの(虚構)について話せる高度な言語は、ホモ・サピエンス最大の武器となった。声を発して外敵の存在を知らせるといったコミュニケーションは以前から存在していたが「昨日あそこの川にめっちゃ魚いたよ」とか「先祖の霊が力を下さる」といった正確な会話・想像が出来るのはホモ・サピエンスだけらしい。この言語で紡がれるストーリーを共有し、作戦を立て、効果的に協力した結果、サピエンスは食物連鎖の頂点に至った。そして、サピエンスは他の人類種との競争に打ち勝ち(例えばネアンデルタール人)3、地球上唯一の人類となった。

民主主義・社会主義・国家・お金・基本的人権・株式会社など、これら全ては、人間が互いを尊重し、効果的に協力できるように生み出された想像の産物であることは認識しておくべきだろう。

実際的(プラグマティック)な狩猟採集民

さて、社会的な生物 – 人間であるが、最初に文明が成立したのは約5,500年前のことである。20万年前に誕生し、7万年前には高度な言語を手に入れたのに、一体なぜ文明の誕生がこんなにも遅くなったのだろうか。答えは「その必要がなかったから」だと思われる。人間のこの実際的な性質は、人々の暮らしや行動を理解する大きな手助けになるだろう。

狩猟採集という名前の通り、約1万年まで人間は、自然にあるものを採って食べて暮らしていた。社会は20-50人の家族や血縁関係をベースにしたもので、男性は狩りに行き、女性は植物を採集していた。性差別や政治階級のない平等な社会だったらしい。狩りに行っても必ず獲物を持ち帰れるわけではなく、狩りで生計を立てること自体がリスクであったから、女性がもたらす食料の安定供給は生存に不可欠だったわけだ。グループの方針は基本的に話し合いによって決定された。年配者など豊富な経験から尊敬を集める人はいたものの、正式に(例えば選挙で)決められたリーダーは存在しなかったし、年配者であっても他社を無理やり従わせることは出来なかった。

個人(家族)の自由も狩猟採集民の大きな特徴である。意見が食い違えば、一緒に行動しなければよい。北に良質な狩場があると思えば、北へ向かう集団に参加してもいいわけである。そういった意味で社会は流動的だったし、構成員の交換や結婚を通してコミュニティ間にもつながりが生まれていった。

極めて一般化された説明ではあるが、狩猟採集民は自分たちの置かれた自然・社会環境という実際的なニーズに適応して生きていたのである。よりよい環境を探して移動を繰り返す狩猟採集民は、農業は始まる頃には、人間は地表の大半に到達していたのである。

地球全域への最初期の移住ルート
大塚 柳太郎『ヒトはこうして増えてきた―20万年の人口変遷史』Kindle版 図2-1

農業の始まり – 一万年前

前述のように、農業といっても最初は簡易的な園芸や牧畜からスタートした4。動植物の家畜化(Domestication)の始まりである。前述の通り、この時期までに人間は地表の大部分まで生息域を伸ばしていた。従って、以前のような移動の自由度はなかったはずだ。加えて、貴重な食料であった大型動物の多くを人間は狩り尽くし、絶滅させてしまった。例えば、北アメリカでは大型哺乳類34/47属、南アメリカでは50/60属が、人間との接触後2,000年以内に絶滅したそうである5

このように、人口・人口密度の増加と、それを支える自然環境の環境収容力(Carrying Capacity)の逼迫により、人間は自分たちで食料を生み出す必要があったのだろう。以下は、紀元前1万年から紀元元年までの人口と人口密度をグラフにしたものである。人口密度については地表面積を基に大雑把に計算しているので、密集地域ではもっと高かったことが予測できる。いずれにしても、家畜化が始まったころ、人口圧は急速に高まっていたことは間違いなさそうである。家畜化とは、適応戦略の結果なのだ。

世界人口と人口密度
International Programs – Historical Estimates of World Population – U.S. Census Bureau を基に筆者作成。人口密度(一人当たりの地表面積)は地表面積1億5千万km²を人口で割って算出。

最後に

農耕の始まりと定住生活は一緒くたに語られることが多いが、実際にはそれ以前にも定住していた部族は存在している。キャンプ地の近くに一年中豊富な食料があれば、そもそも移動する必要はないだろう。あくまでも人々は自分たちの生存可能性を最大化するために、合理的な決断を下して生きていたということは認識しておくべきだろう。

狩猟採集から園芸・牧畜(そしてその組み合わせ)へと移行する過程で、社会のサイズも大きくなっていく。相対的に難易度が上がった狩りを効率的にこなすための人員確保や、畑や家畜、食料貯蔵庫の保護など、新たなリスク管理の必要が生まれたためである。集団の団結に貢献したのが宗教である。社会が大きくなった結果、強力なリーダーや逆に社会的弱者が作り出されることになる。人間という種の繁栄は、個人の幸せとイコールだったのだろうか。次回は、この不可逆的な旅を見ていくことにする。


参考書籍

サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福 – 著:ユヴァル・ノア・ハラリ

135億年前、物質とエネルギーの誕生から言語を始めとする認知革命、農業革命、産業革命を経て人    類世界の未来までを語る壮大な一冊。非常に読みやすい良書。小見出し「人類の誕生」「虚構の言      語」の二つはこの本を参考にしている。

The Evolution of Human Societies: From Foraging Group to Agrarian State
著: Allen W. Johnson & Timothy Earle

「実際的(プラグマティック)な狩猟採集民」以降は本書を読むことで自分なりに理解のフレームを組み立てることが出来た。狩猟採集・園芸・牧畜・農業社会がどう成立したのか、読みやすい英語で記されている。ケーススタディ(エスノグラフィー)も豊富である。

ヒトはこうして増えてきた―20万年の人口変遷史 – 著:大塚柳太郎

日本語でサクッと読みたい人におすすめ。人口をテーマに人類史を眺めていく。

Culture Counts: A Concise Introduction to Cultural Anthropology Third Edition
著: Serena Nanda & Richard L. Warms

大学時代に文化人類学入門の授業で使っていた教科書。今でも折に触れてここに戻ってくる。基本を押さえたい人にはいい本だと思う。


脚注:

  1. 当時の環境収容力(Carrying Capacity) – つまり自然環境がどのくらいの人口をサポート出来るかというところから推測された数値らしい。当時の環境収容力は1000万人だったらしいが、実際にはその5-8割と見て500万としている。詳しくは『ヒトはこうして増えてきた―20万年の人口変遷史』Kindle Location 973を参照。
  2. The Evolution of Human Societies: From Foraging Group to Agrarian State (Kindle Locations 3284-3286)より。人口が500万で、小規模な狩猟採集社会(50人)だとすると確かに10万社会くらいは妥当な推測かもしれない。
  3. サピエンス全史(上) – P26-33によると、現存するヒト属がなぜサピエンスだけなのかを説明する2つの学説がある。(1)交代説: サピエンスが他人類種を絶滅させたという説と(2)交雑説: 他人類種と交雑し、一つの種になったという説である。交代説が主力であるが、わずかながら交雑があった証拠も出ているらしい。ヨーロッパ・アジア人のゲノムの2%がネアンデルタール人に由来するなど。
  4. 英語でも別々の単語がある。以下は、人がどのように生計を立てるかという、文化人類学での分類を示している。Culture Counts Chapter 5より。
    狩猟採集 – Foraging
    牧畜: Pastoralism
    園芸: Horticulture
    農業: Agriculture
    産業・工業: Industrialism
    農業と園芸・牧畜の違いは生産規模や使用技術の複雑さである。
  5. サピエンス全史(上) P97

Related Articles

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here

Latest Articles