2022/11/30 - 5:53

Came To Be Journal

a pursuit to make sense of the world

自由に生きるということ

“大体の人は、ほんとうに自分は何が好きかなんて知らずに死んでいく”
といった趣旨のツイートを見たことがある1
事実としてそうなのかは知らない。でも自分にはよく当てはまっていると感じる。
趣味はなんですか?なんて聞かれると考えこんでしまう(ので結果的に適当なことを言うことになる)。何をしている時が自分は一番幸せなのか、正直ようわからんものである。

そもそも、「ほんとうに」というのが何を意味しているか定義することがほんとうに難しい。
一番好きということなのか、あるいは自分を騙していないということなのかもしれない。
いずれにしても、この質問に答えるには、自分は何が好きかという場合の「自分」という存在に意識的になることが必要だと思う。

自由に考えるということ。そこがスタート地点なのだ。

知らず知らずのうちに人は、色々なものに支配されて生きている2
常識・同調圧力・流行といった社会的な支配もあれば、無意識に自分が自分自身をを支配していることもある。苦手・嫌い(と思っている)なことを避けたり、逆に好きな事に拘り続けたりすることも支配の一つであろう。肉体的な話をすれば、好きなだけ食べたいとか寝たいというのは、身体的欲求による支配なのだ。

学校を卒業したら「就職のとき」が訪れる。なぜだろう。
まるでそれまでの人生が会社で働くための準備だったみたいだ(大局的には実際そうなのかもしれないけど)。少し前に高校の同級生とご飯を食べた。大学を卒業しても就職せず、大学の専門と全然関係ないことを学びにインドの学校に行っていたらしい。ちょー楽しそうだ。でも本人はそんな生き方に引け目を感じているように見えたし、全体的に自信を喪失しているように映った※3。なんだかとても悲しかった。好き勝手生きる。それでいいじゃんね。

自分について考えてみる。知らぬ間に「効率」という物が人生のテーマになっていたことに気づいた。
何かしら「前進」していないといけない気がした。頭からお尻まで文章を読むということが出来なくなっていた。必要な情報だけを飛ばし読みするのが癖になっていたのである。ドラクエの会話をすっ飛ばして読んでいるのは自分でもナンジャコレと思った。成長とか成功とか貴重な時間だとか、そんなので自分を苦しめていたのは誰か。自分自身だ。考える。気付きがある。自分という人間を根本的に変えることは難しくても、傾向を認識しているだけで感じ方が変わってくるものだ。遠くを見つめて生きるのはやめることにした。人生なんて“痛みと幸福に句読された出来事の連続でしかない”のだから。

地毛証明書ってなんだそれ?髪の色やクルクルが一体その人の何を教えてくれるんだろう。
人間社会には色々なルール・慣習がある。それぞれに歴史が存在するわけで、別に気に入らないもの全てに反発して生きていくべきだとは思わない。現実問題として穏便に済ませた方が楽というケースも多々あるだろう。ただ、その歴史・経緯を知っていることは自由に考えるために非常に重要だろう(もちろん、ほんとうに好きなことが分かって死にたければであるが)。

そういう意味で、学ぶこと・知ることは解放経験だと思う。

科学の進歩と産業化・農耕社会/地域コミュニティの崩壊・国に提供される画一的な教育・生き方や居住地など社会構成員の自由度の増加・持続的な経済成長への期待※4。先進国においてはサービス・知識経済へのシフトと広がる所得格差。なるほど自分は今そんな世界に生きているんだなあと思う。そして自分はなんというか、メインストリームな生き方には興味がないことに気付く。土俵を変えてひっそりと生きていきたい。

息をするように読書する友人がいる。食事後ドリンクバーの二時間で本を読み終える人もいる。
自分はすぐ疲れてYouTubeとか見始めちゃうし、人が2時間で読む本を3日かけて読んだりもする。
まあ人は良くも悪くも手持ちのカードで勝負するしかないし、起床時のコンディションで一日は決まる。自分のペースでやっていくしかない。悟りの瞬間なんて一生来ないかもしれない。なので道中を楽しめるように生きていくしかない。

〇〇の定義はそれが常に変化しているという一点しかありません!みたいなのをよく見る。
人間もそうだろう。ほんとうに好きなことが見つかるかは知らないけど、今ある興味を取りこぼさずに生きていきたいと思う。その身軽さが自由に生きるということではなかろうか。

P.S. 最近引っ越しを考えているけど、過去3年に買い溜めた家具が非常に鬱陶しい。明日ブラジルに移住出来るってなったら、スーツケース一個で旅立てるような身軽さをキープしたいものである。


脚注:

  1. なにしろ大分前のことで、そのツイートを見つけることが出来なかった。
    もし見つけたらすぐ追記します。
  2. この段落は「自由をつくる 自在に生きる (森博嗣)」を参考にさせて頂いた。
    お世話になった家庭教師の先生がプレゼントしてくれた本。腹がへったのは体の支配だ!というのは高校の英語の先生もよく言っていた気がする。新しい言葉を知ったら急にその言葉が人生に登場しまくる現象あれなんなんだろうね。Amazon Link
  3. その後会ってないけど、この間ラインしたら元気そうでよかった。
    WordPress教えてくれてありがとう。
  4. 民族とナショナリズム (アーネスト・ゲルナー)のP57-65はこの辺の事がすごく良くまとまっている。

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