2022/06/30 - 17:32

Came To Be Journal

a pursuit to make sense of the world

俺的名言辞典①

“The Universe Always Conspires to Take Care of Me”

アメリカ留学時、最初にお世話になった「アメリカの母」がよく言っていた言葉。
“世界はいつも、共謀して私を救い出す※1” といった感じだろうか。

振り返ると、重要な局面で大切な人に出会えてきた人生だったと感じる。

高校からの帰り道、携帯を振れば誰かとチャットがつながるというアプリで、とある大学院生と知り合った。彼は高校を卒業してからアメリカの大学に進学していた。筆者がアメリカへの進学を考えるきっかけになった出会いである。

最初は2年制の短大に進学。3年目には大きな大学に編入する予定だったのだが、(銀行口座に〇百万円あることを証明するといった)経済力証明に必要な金がない。母も親戚もそんなお金は持っていなかった。さすがに詰んだかなこれと思ったが、その短大のLearning Centerで同僚だった英語の先生が (私は数学を教えるバイト)なんと書面上のスポンサーになってくれた。

「道は必ずある」なんて言うのは生存者バイアスかもしれない。
でも人生の色んなことはマインドセットの結果だと思うのだ。
なんとかなる、なるようになる。そんな風に考えられるようになったこれまでの出会いに感謝している。そんで、きっとこれからもそうなるだろうと楽観的に生きていきたい。

 “Life is a Series of Events, Punctuated by Pain and Happiness”

“人生は痛みと幸福に句読された、出来事の連続(でしかない)”
先ほど登場した英語の教授の言葉。

将来のプランとか、やることなすことが死ぬまでの旅路における合理的な一歩である(ことを求められる)感じにうんざりしてしまった。分かるよ分かる。まあそれはそれで重要でしょう。

これからの人生という漠然とした時間に重きを置きすぎると、瞬間的な喜びとか、長期的に見ても幸せに繋がるものとかを見落としてしまうのではないだろうか。

今日の出来事、明日の何か。死ぬまでそんなイベントがただ続いていくだけだよ人生なんて。
あっけらかんとしたそんな態度は心を軽くしてくれると思う。

全く関係ないけど、美しい言葉を話す人ってなんて素敵なんでしょうね。
言葉に出来ない言葉を口にしたとき、それが自然に伝わる感覚、そんな会話が幸せの最高到達点なのかもしれない。Punctuateって言葉選びがとても好きだ。、。、

母国語の日本語じゃないと深いレベルでのつながりは感じられないのかなと思っていたこともあったけど、英語でも全然大丈夫だった。死生観というか、人生に対する基本的な姿勢、ほんでその人の雰囲気。その辺がうまくマッチするとほんとに素敵な時間を過ごせる。
またそんな人に出会いたいなと思う。

“Life of Perpetual Self Doubt”

“永遠の自己懐疑※2” というのは、お世話になったビジネスの教授が研究者の人生を形容した言葉だ。
誰もいない海のなかで溺れそうになりながら「巨人」にも分からないことを手探りする。
自信が崩壊しそうになり、どうしようもない恐怖に駆られる。

私は最先端のなににも関わりがない所で生きているのでおこがましい気もするが、
感覚としてとても良くわかる気がする。「おまえに何が出来るんだ」と囁く悪魔は常に存在する。
生みの苦しみにも通ずるものがあるのではないだろうか。

苦しい。怖い。でもその瞬間はとても生きてるいる。
心の震えが生の実感だ。


脚注

  1. take care of meというのは世話をするとか面倒を見るといった意味であるが、
    文脈として、どんな悪いことがあっても最後にはなぜか「世界」が助けてくれる、私を見捨てないといった雰囲気があって救い出すとした。
  2. Self-Doubt 日本語と検索すると「自信喪失」という訳が一般的なようだ。
    自分を疑うということと、自信がなくなっている状態には距離がある気がするのだが、心理学とかでそういう用語/定義があるのだろうか(?)。https://ejje.weblio.jp/content/self-doubt

 

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